① 事例にあげた課題に対して、あなた自身が困っていること、負担に感じていること等を具体的にみていきましょう。
・病識が乏しく、自立歩行が困難であるにもかかわらず歩こうとして転倒のリスクが高いため、常時見守りや介助を必要とするが、支えようとするスタッフの手を振りほどき、声を荒げることに対し、どのように対応すればよいか分からない。
・昼夜逆転があり、スタッフ数の減る勤務帯の対応に疲れ果てているスタッフに対し、有効な助言や指示ができていない。
・睡眠剤の調整や対応方法を検討し変更することが多いためか、状態像の変化が著しく、リスクも変容するので対応が後手に回りがちで、スタッフの心労ばかりが増えてしまっている。
転倒のリスクがあることを説明し、できる限り支えたり、ふらついたらすぐに駆け寄れるよう近位見守りをしたりしていた。また、比較的本人に話を聞いてもらえる職種(ケースワーカー、リハビリスタッフ)と対応を代わったり、家族に電話をし、リハビリがもう少し進まないと転倒のリスクが高いため、スタッフの介助を受けるよう、本人に説明してもらったりした。一方で、どのようなときに歩こうとするのかを探り、早めに声を掛け、スムーズな介助ができるよう心がけた。現在はリハビリも進み、車椅子を両足で駆動しており、遠位見守りをしている。
できるだけ安眠できるような条件(明るさ、室温など)を考え、情報の共有に努めた。また、他セクションのスタッフにも協力を要請し、眠れないときに寄り添い話を聞いたりした。現在では、おおむね夜間良眠できている。
当初は、カルテ・日誌・ケース検討ノートに記録をし、それらの記録物と申し送りノート、口頭による申し送りのみであったが、取り組みを進め、「B課題の整理Ⅱの③」に記載したように、サービスステーション内に貼り出した。
② あなたは、この方にどんな「姿」や「状態」になってほしいのですか。
・本来は朗らかで知的活動性が高いと思われるため、そのような状態がもっと多く見られるようになってほしい。
・スタッフを受け入れ信頼してもらえることで、自身の身体状況について少しでも理解し、転倒などのリスクを減らし、穏やかな気持ちで生活してほしい。
・夜間良眠できるようになってほしい。
高学歴との情報があり、実際に絵画・書字・英語・経済など、芸術的・知的分野に関心が高いという点もあるが、認知症もあり、体も思うようには動かないながらも、自分のことは自分で考え、工夫したり決定したりしたいという点でも、自分らしさの継続を支援したいと思った。
家族の希望や介護力から、今後の生活も施設でとの意向で、特養利用の申請をしており、当施設(老健)は待機期間の利用を希望。しかし、Aさんが家族との結びつきをとても大切にし、心のよりどころと考えているため、生活の場は施設であっても、外出や外泊という形で、自宅で家族と過ごす機会は必要と思われる。家族にも働きかけをし、面会時に長く(1時間程)一緒に過ごしてもらったり、月1~2回の外出を実施してもらったりしている。外泊については、家族より「行えない。」と言われている。
③ そのために、当面どんな取り組みをしたいと考えていますか(考えましたか)。
・センター方式シートのB-2・3(暮らしの情報(私の生活史シート・私の暮らし方シート))の記入を家族に依頼し、対応に活かしたいと考えた。
・センター方式シートのD-4(24時間生活変化シート)を利用し、睡眠・覚醒状態と背景・要因について調べた。
・BS法を用い、できること・できないこと、わかること・わからないこと、好きなこと・嫌いなこと、望むこと・望まないことなどについて、それぞれのスタッフが知っていることや感じていることを共有し、更に観察を深められるようにした。また、得られた情報を介助場面別などのいくつかに分類・整理し、サービスステーション内に貼り出した。
在宅時の寝室や寝具などの情報、本人からの聞き取りやスタッフからの情報も加味し、足の冷え、室内の明かり、他利用者への対応時の声や物音をきっかけに覚醒してしまうことがよくあることが分かった。また、夜間覚醒時の本人の訴えとしては、「お腹がすいて眠れない」との理由が最も多く、元々大食漢であったとのことから、夜食やお菓子を提供していた時期もあったが、24時間シートから空腹で眠れないのではなく、目覚めると空腹を感じることが分かった。その他には、午後からのコーヒーが不眠につながること、入浴後たっぷり寝てしまい、1日のリズムが乱れてくることも分かったが、日中の活動量の不足が背景にあること、易疲労性があるが、休息を取り過ぎている可能性があることも分かった。現在はそれらについても検討、試行を重ね、夜間ほぼ良眠できている。
具体的には、「食事・水分摂取に関すること」「排泄に関すること」「入浴・身体保清に関すること」など、包括的自立支援プログラムのアセスメントに準じ、分類・整理した。
例えば「排泄に関すること」では、
・尿・便意が曖昧であるが、排便がスムーズにいかないと尿意の訴えが頻回となって現れるようである。
・トイレからのコールは、押す所を指し示して伝えればできることが多い。Aさんは、「必ず呼ぶので離れていてほしい。」と言っている。
・すりガラス越しにスタッフの制服が映ると落ち着かないようである。
・トイレットペーパーを引き出すことが難しい。
・自宅では和式のトイレに洋式の便器を取り付けた物を使っていたが、排尿は立ってしていたので、座ると出にくく、時間がかかるようだ。
・便座から手洗いの所までは歩いても転ばないと思っているし、実際に歩けそうである。
・手洗いまで歩こうとしているとき、急に扉をノックされ開けられるとびっくりするし、不快である。
・排尿後の切れが悪く、下着やズボンが汚れることが多い。床も濡れている。
・リハビリパンツは痒くなる。
などの情報があり、情報の共有と観察を探るため、同じような意見はまとめたりつなげたりして掲示した。すぐに検討し、対応を統一すべきものは速やかに検討し、しばらく観察していくものは観察していくこととした。また、リハビリスタッフとも連携し、歩行状態やリスクについての評価をし、リハビリ内容に加えたり、声掛けを工夫したりし、リスクについては家族に説明した。現在は、トイレに入る所で声を掛け、ブレーキの確認と下衣を下げる間の見守り、または少し介助を行い、排泄後は確実にコールがあるので、コールに応じて対応をしている。
④ 困っている場面で、本人が口にする言葉、表情やしぐさ等を含めた行動や様子等を事実に基づいてみていきましょう。
・家族(孫・亡母)を探し回る。「まだ孫は帰ってきませんか。」「孫の泣き声が聞こえた。」などと言い、心配そうな様子で探そうとする。
・行動を制限される、監視されていると感じるためか、「いつも見張られている。」「窮屈だ。」「一人にしてほしい。」「何をしようと私の自由だ。」「いちいち言う必要はない。」などと険しい表情で言うことがある。
・「退院するときに思っていたところと違うところに連れて来られた。」「ここに来るはずではなかった。」と困惑していることがある。
センター方式シートB-3の「現在の状態・状況」について記入する際に、 D-1・2シートの項目を念頭に置きながらの記入に努め、「していること・していないこと」「できること・できないこと」「わかること・わからないこと」を意識して考えるようにしていた。また、ケアプランで、Aさんの興味のあること、できそうなことにアプローチし、試してみた。
この時点で、Aさんは、「家に帰りたい、家族と元の生活がしたい」と思っていた様子。そのため、もっとリハビリのできる所(リハビリ病院)への転院を希望していた。老健はリハビリのサービスのある生活施設であり、リハビリスタッフによるリハビリのほか、生活リハビリという形でのリハビリ提供があるとの説明については、「生活リハビリなら、自宅で行う方が、有効性が高い。」と。リハビリによる回復の途中であり、専門的なリハビリスタッフによるリハビリの実施や医療的フォローが要る状態であること、家に帰るならそれなりに環境や家族の受け入れ態勢も整えていく必要がある、との説明をケースワーカーよりしてもらったこともあるが、施設に対する不信感があり、理解も得られず、共に将来を考えていくことは困難であった。現在は、リハビリも進み、病識も以前よりは持てるようになってきており、話し合うことができている。
⑤ 本人にとっての行動や言葉の意味を理解するために、思考展開シートを使って、課題の背景や原因を考えてみましょう。
・スタッフは本人のことを、困らせる存在としか感じられず、自分の勤務時間に穏やかあるいは静かで事故のないことが優先しがちで本人の生活の質まで考えられていなかった。
・家族は受け入れ施設が見つかったことに安堵し、スタッフにも余裕がなかったため、Aさんらしい生活とはどのようなものであるか、またその実現に対して何ができるかをともに考える体勢が築けていなかった。
・自分のために皆が寄り添っているという安心感をもってもらえるような言葉掛けが不足していた。
1日を通しての生活、これまでの人生の延長にある「今」をAさんの立場から考え、支援したい。スタッフにとって手間となったり、不都合な状態であっても、Aさんからの何らかのアクションがあれば可能な限り付き合い、寄り添うことで、Aさんらしさを理解する手がかりとしたり、また、アクション自体を引き出すようなかかわり方をして、心身ともに活動性が高まっている状態と、心穏やかに過ごせる状態が生活の中にバランスよくあることが大切と考える。このケースについては、特に人生の総まとめとしての時期のあり方を家族に見せるための支援をしたいと思った。
家庭の事情もあり、在宅復帰は困難ながらも、家族とのつながりをAさんに実感してもらえるような支援のあり方について、回を重ねて相談している。具体的には、面会時の過ごし方や外出・外泊の依頼、不穏時の電話による対応の依頼と、施設でのAさんの暮らしやリハビリの進度、リスクなどの情報提供をしている。
ここで、この事例を本人の立場から、もう一度考えてみましょう。
⑥ 本人の言葉や様子から、本人が困って(悩んで)いること、求めていることは、どんなことだと思いますか?
・拘束感のない見守りや付き添いをしてほしい。
・家族とのつながりを実感していたい。
・日々の暮らしの中で、満足感や達成感をもっと感じたい。
・身体的な苦痛(便秘・空腹・しびれ・不自由さなど)を緩和したり、忘れられる時間を増やしたい。
高次脳機能障害により、危険に対する認識が乏しいこともあるが、入居当初は病院で行われていた身体拘束から解放されたこと(特にドラッグロックからの解放)と、環境の変化で混乱が生じ、大抵のことは自分で行えると思っていた様子。現在は、本人の中にも、転倒してはいけないという気持ちもあり、”できないことがあり、他者の介助を受けなければならない状態”を受容しつつある。その中で、自分でできることをしようとする前向きな考え方になってきている。
⑦ あなたが、このワークシートを通じて思いついたケアプランなど、新しいアイディアを考えてみましょう。
・はがきや絵手紙を書くことで趣味を活かしつつ、家族とのつながりを感じられるような取り組み。
・環境や態勢を整え、拘束感を軽減し、さりげない手助けで自己にて安全に行えることを増やす。
・グループで行う体操やアクティビティーで、率先して力を発揮できるような役割を担えるようにする。
学校で例えれば、日直や学級委員のような役割をイメージしていたが、新入居の利用者を紹介した際に、自分が世話をしなければとの思いが強く出て、かえって混乱を招いたことがあり、気をつけている。
グループ活動では、日付の発表やタイミングを合わせるための掛け声を行ってもらうなどの役割を担うことから始め、現在では、グループ活動が活気づくような行動(手を挙げて発表する、他者を褒めるなど)を自らするようになった。
Aさんの思い描く今後の生活について、時々話を聞くことがあり、Aさんは、「そりゃあ、家に帰れれば一番いいですわね。」と言ってはいるが、現状それは難しいということは理解している様子である。現在では「元の体に戻れたら、と思わないではないけれど、無理なことをいつまで考えても仕方ない。」「現実を受け入れ、前向きに考えないと時間がもったいない。」と言うようになってきている。自分の「障害の認知」については、身体面ではおおむね理解している様子であり、今後誰かの援助がないと、生活してはいけない状態であるという認識もしている。また、家庭の状況から、在宅復帰できないことも、今入居している老健が通過施設であることも、理解している。
今後の生活の場としては、家族もAさんも、「施設で」という意向であり、現在特養待機中となっている。施設の申請などについては、「息子に任せてある。」と言っている。選択肢としての施設の種別について一度尋ねられたことがあったが、特徴・仕組みなどについて説明したときには理解するものの、それらを記憶に留め、自身に照らし合わせて選択するというところまでは困難な様子である。
家族は、Aさんの在宅復帰は困難と考えており、特養入居の順番が回って来るのを待っている。家族に対しては、ライフ・レビュー・ブックなどの作成を通して、Aさんの家族を思う気持ちなどを理解してもらえるよう、施設としても働きかけているが、諸事情から自宅で一緒に暮らすことは困難なようである。このような状況のため、私自身がどう考えているかという質問に対しては、特養で生活してもらうしかないというのが現状である。
Aさんが自身の「障害の認知」をある程度でき、援助者が適切に支援していくためには、質問にもあるが、リスクに関することは切り離せない。
質問を受けて以来、Aさんのリスクについて見直そうと、観察・思考を重ねてきたが、これについても私たちはこれまでとても浅い捉え方しかできていなかったように思う。
私たちは、Aさんの身体的リスクは、車椅子のブレーキの掛け忘れによる転倒や、何かを思い立ったときの不意の行動から発生するアクシデントであり、精神的リスクは、行動を抑制されることや、家族と離れている寂しさから生じるストレスと、それによる気力の減退や他者とのトラブルなどと捉えていた。そして、Aさんをよりリスキーな状態にしてしまう環境の整備不良を改善することが不可欠と考えていた。
それがまちがっていたとは思わないが、「よりリスキーな状態にしてしまう環境」とは何かと自問したとき、Aさんの'障害の特性をうまくつかむ'ことが難しいのは、高次脳機能障害を有する本人だけではなく、家族も、私たちスタッフも同様だったのではないか、そしてそのこと自体が「よりリスキーな状態にしてしまう人的環境」そのものだったのではないかと思い至った。
現時点で私たちには、Aさんが自身の一定のリスクなどについての理解をし、それを選択するということはとても難しいと思われてならない。それは、Aさんの理解力という点においてであるが、あるいはそれは私たち自身の経験不足や力量不足によるものかもしれない。
ただ、現時点で私たち援助者が、Aさんの障害の特性を理解し得ず、どうしてAさんの心身の状態が不安定になりやすいのかが、あまり理解できていないために、どうしていいのか分かっておらず、リスクへの対応が十分とは言いがたいことから、その状態でAさんに自身のリスクについて覚悟してもらうことは、無謀のような気がする。
今回の返答も、もしかしたら質問の意図に沿えなかったかもしれないが、今回の質問で感じたことは、Aさんに「障害の認知」や「リスクについての理解」を多少なりともしてもらうためには、まだまだ私たちがAさんについて知るべきことがあるということと、老健が中間施設であるからこそ、もっと積極的に利用者の人生にかかわり、この先を共に考えていくことができる可能性があるということである。
今後、入居中のAさんを支援していくにあたり、目に見えるアクシデント防止にきゅうきゅうとするのではなく、家族にも、私たちの力量やできることを理解してもらった上で、どのような支援を望むのか、Aさんの代弁者としての務めも果たしつつ、もっとよく話し合っていきたいと思っている。
今回の事例は認知症と高次脳機能障害を併せ持つ極めて困難性の高い事例だったと思います。今後の方向性として私なりの意見をお伝えします。
1)Aさんの今後の権利擁護のためにも家族と相談の上で「成年後見制度」の利用も視野に入れると良いのではないかと考えます。
2)Aさんにとっては、これまでの人生をある意味取りまとめる時期でもあるかもしれません。従って、すでに取り組んでいるようですが、「ライフ・レビュー・ブック」をAさんとそれから家族も含めて「共に作成」することも意味のあることかもしれません。
また、その中で職員の方々も参加し、Aさんの今後に関しての「現状(できること・できないこと・していること)・希望・願い・不安・心配・今後の目標・今後の生き方・家族に対しての思い」などをAさんと話をしながら、取りまとめる手助けをすることも大切かもしれません。そうして出来上がったものを家族に見てもらうのはもちろん、Aさんもそれを持って特養に行くことが必要なのかもしれません。
3)最後になりますが、我々には「限界」もあります。しかし、「あるべき姿」を目指して努力することは決して無駄ではないと私は考えています。職員皆さんの日々の真摯な実践は必ず成果として返ってくるものだと信じています。
また一方で援助者を始め現場の皆さんが、さまざまな困難を一つずつ乗り越え、Aさんの思いに心を寄せられるように変化していったことが手に取るように感じられました。