① 事例にあげた課題に対して、あなた自身が困っていること、負担に感じていること等を具体的にみていきましょう。
一日4回行う眼科処方の点眼薬がある。点眼を行ったことを10分程度で忘れてしまうことがほとんどである。点眼薬をさしているのに、「一度もさしていない。」と話す。このほかにも「誰も目薬をさしてくれない。」点眼後には、「違う目薬をさされた。目がつぶれたらどうしてくれるの。」と怒りをあらわにすることもある。職員で管理している目薬を、「私にちょうだい!」と捜すこともある。物盗られ妄想がある。
私自身、何度も同様の訴えを聞かされ、怒られる場面などは悲しく感じる。また、訴えが何度も続くため、投げやりな対応をしてしまっていることもあるのではないかとたびたび反省する。説明を理解してくれないとお互いが悩んでいる。私自身は1対1の関係だが、Aさんはかかわるスタッフ全員に不信感を抱いているのではないだろうか。今後、この状況や症状が進行していくことで人間不信によるトラブルが増え、疎外感や互いのストレスが増大してしまうのではないかと危惧している。
点眼の時刻は、(朝7時・10時・14時・17時)で、計4回さすことになっています。
訴えが多く聞かれるのは、3回目の点眼薬をさして30分位経ったころ(14:30ごろ)からです。
「違う目薬を…」といった発言のときは、「今日は一度もさしてもらっていない。」と言い、記録表を失くしたりしたときが多いような気がします。点眼をした記憶がすっかり抜け落ちてしまっていたり、スタッフに不信感を持っていたりするときなどに、そのような発言が多いと感じます。
(約4カ月前より「点眼記録表」というものを作成しました。この表には、点眼する時刻とそのときに対応したスタッフの名前を記録するようにしており、点眼記録表は朝の時点で本人に手渡しています。点眼したかどうかがAさんにも分かるようになっているため、大幅に訴える回数が減りました。)
午前中は、訴えることはあまりありません。14時に多いのは、目薬をさした後に時間を持て余すことが原因の一つのようです。17時は、その後に夕食が控えており、ほかの利用者も座って落ち着いているため、Aさんも落ち着いてその場で待っていることができるようです。
② あなたは、この方に「どんな姿」や「状態」になってほしいのですか。
妄想や薬に執着しないで、Aさんには心穏やかに過ごしてもらいたい。話好きなので、話し相手や仲間との交流ができて、楽しいと思える日々を過ごしてもらいたい。
できるだけ早く、目薬の訴えや人間不信につながる言動がなくなってほしい。
当施設に入居して今年で5年目を迎えます。
③ そのために、当面どんな取り組みをしたいと考えていますか(考えましたか)。
これまでの対応方法の見直しをユニットのスタッフと協議してみようと考えている。
目薬の点眼の際に、領収書のような伝票を渡す。あるいは、点眼の回数券を作り、さした時間が分かるように表を作成してスタンプを押す。
目薬に執着することが多いため、Aさんの気を引くものや打ち込めるような時間を創出していく必要があると思われる。
カラオケや歌謡曲などの音楽鑑賞を楽しみ、カルタやパズルやおもちゃにも強い関心を持って、夢中で遊んでいます。また、動物が大好きです。軽作業(衣服・エプロンたたみ)も快く引き受けてくれます。
④ 困っている場面で、本人が口にする言葉、表情やしぐさ等を含めた行動や様子等を事実に基づいてみていきましょう。
「目薬をさしてほしい」との希望が、5分から15分おきにスタッフにある。点眼を行ったスタッフがさしたことを説明するが、「どこでさしたの?今日はまだ一度もさしていないじゃない!」と激怒する。目薬をさした一時間後ごろより、「目薬をさしたせいで眼がつぶれてしまう。別の目薬をさしているんじゃないの?いい加減、眼医者へ連れて行ってちょうだい!」とわめきたてる場面もある。
定時に目薬をさすと満足し、「どうもね。」と話すが、「あなた今、ほかの人の目薬さしたんじゃない。」と疑うことも最近ではしばしば見られる。
点眼の時間がきたら、Aさんが過ごすリビングの座席に座ってもらいます。「目薬をさすので表を出していただけますか。」とAさんに声を掛けると、エプロンのポケットからテーブルの上に表を出してくれます。目薬をさした後に、点眼したスタッフが記録表にサインしています。
(疑われた場合、目薬に記載してあるAさんの名前を見せることにしています。ほぼ納得しており、怒りをあらわにしたり感情的になったりする場面が減少しています。)
⑤ 本人にとっての行動や言葉の意味を理解するために、思考展開シートを使って、課題の背景や原因を考えてみましょう。
・Aさんから家族に電話で連絡したいという要望が減少している。
・薬や医療・医療機関への強い依存心。
・短期記憶障害、認知症の進行。
・眼の機能の低下。(まぶしさを訴えている)
・両膝の痛み。
・照明の明るさ・光源と席の配置。
・目薬の回数・時刻を憶えることができない。
・「病院」のような場所に住んでいると思っている。
・自分で目薬やそのほかの薬を持って使用していた生活歴がある。
ここで、この事例を本人の立場から、もう一度考えてみましょう。
⑥ 本人の言葉や様子から、本人が困って(悩んで)いること、求めていることは、どんなことだと思いますか?
・目薬をつけないために、眼が悪くなってしまうのではないかといった不安。
・部屋に誰かが入って物を盗っていくのではないかという恐れ。
・まぶしすぎて見えてしまうことへの不安。
・スタッフが、「目薬をさした。」と言って、さしてくれない。
・今いる席について、灯りがまぶしくて食事に集中できない時間があるので何とかしてほしい。
・自分で目薬をさしたい。(ささせてほしい?)
・自分が正しいのに、スタッフは私が忘れてしまったというふうに言ってくる。
自分自身の記憶がなくなっていくことの不安や恐怖が、さまざまな困り事として表出してきているのだと思います。
⑦ あなたが、このワークシートを通じて思いついたケアプランなど、新しいアイディアを考えてみましょう。
・かかっている眼科医へ、「まぶしさ」の症状について相談する。
・光量や席替えについて、眼科医のアドバイスをもらう。
・家族との電話連絡の機会を増やし、信頼関係のある間柄で話しながらストレス解消のきっかけをつくりたい。
・動物が大変好きなので、動物のDVDなどを見てもらい、気分転換を図る。
・外出の機会を増やして、気分転換を図る。
・目薬の回数と時間を記録した用紙が、果たして今のAさんに対して適切な対応なのかを再検討する。
・外に目を向けるプログラム・レクリエーション・軽作業をAさんと相談しながら多く取り入れていきたい。
・病院で暮らしているという認識からの脱却を図れれば、医療機関や薬に対する依存度は弱まるかもしれない。
・自分で何度さしてもいいような目薬を持つことが可能であれば、多少執着が薄れるかもしれない。
・今までの言動により、不信感があって敬遠していた利用者との信頼関係の回復につなげていきたい。
現在、アルツハイマーの症状の進行により記憶力の低下が考えられます。スタッフと話し合い、Aさんの症状を把握するためにアセスメントを行う予定です。私の思いとしては、心身のレベルを現状維持してもらえるように、日常生活の中で興味や楽しみを持ちつつ過ごしてもらいたいと考えています。職員との1対1の対応では、名前や顔をすぐ忘れてしまうことが多いため、スタッフの顔と名前が理解できるような写真入りの手帳を渡してみたいと思っています。
身支度や日常生活動作全般については、ある程度自分でできる能力がありますので、現在のレベルをできるだけ維持していけるように、スタッフや利用者と気軽にできる軽作業や複数で行えるレクリエーションを通して信頼関係の回復を図っていきたいと考えています。
最近、「娘を自分の母親と誤認したことがあった。」と、面会に来た娘より聞きました。今後も、家族にAさんの状況を随時、電話などで伝えていくことで、家族との連携を図りながらサポートをしていきたいです。Aさんに説明し、家族へ電話する機会をつくって関係の維持を図りたいと考えています。
利用者同士への応用といった点では、Aさんの周辺症状が周囲の利用者に理解されない面もありますが、軽作業を通じて利用者同士が協力しあったりする場面では、信頼関係の構築は可能であると考えます。こうした応用方法についても、ユニットスタッフで検討していこうと思います。
この事例は、認知症に伴う記憶力の低下から繰り返し要望の訴えがあり、その対応に苦慮している事例です。このような繰り返しの要望に対して、自身の対応を振り返りつつ解決へ導けるように、真摯な対応を行っている事例提供者の様子がよく伝わってきました。
繰り返しの要望に対して、改善の傾向が見られないと介護者の「思い」と思い通りにならない「現実」との間に葛藤が生じ、自分で何とかしようとすればするほど苦しみ、その苦しみから自分の心を守る「防衛機能」が起こったりします。この「防衛機能」では、なぜ自分の思いが実現しないかを介護者が自分勝手な理由をつけたり(合理化)、無視したり、自分の力量不足のせいにしたり(抑圧)、子ども扱いや物扱い、認知症の人の力を使わせない(無意識化)など「悪性の社会心理」が起こってきたりします。
事例提供者には真摯な様子がうかがえる故に、こうした悪性の社会心理にむしばまれ、抑圧からバーンアウトの危惧がなかった訳ではありません。
しかし今回、このひもときシートを活用した結果、Aさんの言動への対応ではなく、その言動の背景の理解、特に服薬やその副作用、Aさんを取り巻く環境、現在の人間関係や以前から培ってきた人間関係など、これまで把握していたようで十分に把握していなかった事柄に再度目を向け、言動の背景要因の理解を深めることができたようです。
事例提供した時点でも、本人視点での発想や試行がなされている様子がうかがえましたが、ひもときシートを活用することにより、さらにさまざまなアイディアが浮かんできたとのことです。また、ひもときシートをベースにしながら他の介護職や医療職ともディスカッションを行い、チームアプローチの重要性を再確認すると同時に、事例提供者本人のストレスの緩和にもつながったようです。
今後も引き続き、チームアプローチによる本人中心の支援に期待したいと思います。