「事例を探す」

事例ワークシート 事例70

A 課題の整理Ⅰ 援助者が感じている課題

① 事例にあげた課題に対して、あなた自身が困っていること、負担に感じていること等を具体的にみていきましょう。

・何も言わず勝手に立ち上がる。「危ないので座ってください。」「ゆっくり歩いてください。」などスタッフが声を掛けても、聞き入れようとしない。
・急いで何かをしようとするので、危なくてハラハラさせられる。目が離せなくて困る。
・「危ないから。」と言っても、聞き入れてくれないので困る。

ひもとき?
Aさんは下肢筋力が低下している認識、また転倒に対する危険の認識はどの程度ありますか?
援助者の視点

歩行器を使用することは理解し、自ら立ち上がって歩行器を押して歩き出す。使用して歩くことの認識はできていても、危険を感じて怖がることもない様子や乱暴に歩く様子からは、下肢筋力低下や転倒に対する危険の認識は薄いと思う。

B 課題の整理 Ⅱ 援助者が想定する対応・方針

② あなたは、この方にどんな「姿」や「状態」になってほしいのですか。

・スタッフの言葉を受け入れて欲しい。
・まずは、話を聞いて欲しい。
・自分自身、感じていること、したいこと、して欲しいことを、行動を起こす前に声に出して欲しい。せめて、鈴を鳴らして欲しい。

ひもとき?
スタッフは普段、どんな場面でどのように声を掛けていますか?
援助者の視点

(場面)食後やコーヒータイム、就寝前などのゆっくりしているとき、入浴時、排泄時。
(どのように)「Aさん、おいしかったですか。」とたずねると、「おいしかったです。全部いただきました。」と答える。立ち上がりが多いときは、「どこへ行かれるの?おしっこ?」「今行ったばっかりです。もう少し待ってください。」とすぐに駆け寄って声を掛けている。
また、「ゆっくり食べてください。」とか、「まっすぐ歩いてください。」などと指示的に声掛けをしている。

ひもとき?
Aさんが要望を声として出さない理由は何だと考えられますか?
援助者の視点

自分の思いが分かってもらえない、思いどおりにならないから。
今まで声掛けをするときに、いつも「YES」か「NO」の答えを引き出す質問しかしていないから。

③ そのために、当面どんな取り組みをしたいと考えていますか(考えましたか)。

・今は、急いで駆け寄り、何をしたいのか聞いている。時間を伝え、お願いをしている。
・夜間不穏時、居室入口そばで見守りしている。
・何をどうしたいのか本人に聞き、本人が理解するまで話をする。
・昼間散歩など、できるだけ活動するように取り組んでいきたい。

ひもとき?
夜間に不穏になるのは、いつもですか?それとも何かのきっかけがあったときと思われますか?
不穏になる前の状況や日中の状況はいかがですか?
援助者の視点

夜間不穏はいつもある。日中の過ごし方との関連は分かっていない。
きっかけとして考えられる事柄や状況は、
・膀胱炎症状があること
・周囲の人がトイレに立つと、自分も行かなくては思うこと
・他者が落ち着かないときや、ざわついた環境のとき
・スタッフが、そばにいないとき
などが考えられる。

C 本人の状態や状況を事実に基づいて確認してみよう

④ 困っている場面で、本人が口にする言葉、表情やしぐさ等を含めた行動や様子等を事実に基づいてみていきましょう。

夕食を食べた後、すぐに声を出さずに椅子から立ち上がる。
「待って欲しい。」と言うと「嘘つき、都合のよいことばっかり言いやがって。」と特定のスタッフに怒る。

ひもとき?
夕食後、すぐに立ち上がろうとするAさんの表情は、どんな表情ですか?
援助者の視点

怒ったような表情(眉間にしわを寄せ、険しい顔)

ひもとき?
Aさんは特定のスタッフに対して怒ることが多いようですが、それは何故だと思いますか?
援助者の視点

男性や、若年の介護者からの世話を受けたくないと思っているから。見下している。
年配者やこの人には一目置くといったように、スタッフによって区別をしている。

D 課題の背景や原因等の整理

⑤ 本人にとっての行動や言葉の意味を理解するために、思考展開シートを使って、課題の背景や原因を考えてみましょう。

思考展開シート

・これまでに、生活歴を詳しく把握できていなかった。家族は、多くを語らない。
・「せっかち、一番が良いという気持ちが強い。」と聞いている。
・入居する前、夫に面会に来たときには、人をかき分け押しのけて歩く様子がうかがえた。
・入居後、くつろげているのか、ゆったりとした時間が持てているのかの把握ができていなかった。
・毎週家族が来訪しているとき(2時間弱)の、Aさんの居室での会話は弾んでいるのか、どんなことを話しているのかを知りたい。
・持っている洋服は、おしゃれ着、外出用のものばかりである。じっと家で過ごすことを好まなかったのか?正反対の性格である夫との二人暮らしはどうだったのか?
・このところ、笑った顔を見せたことがない。(一度も笑顔を見たことのないスタッフもいる)

ひもとき?
家族は多くを語らないとのことですが、その背景はどのようなことだと考えられますか?
また、今後、どのようにアプローチを行っていくことが求められると考えられますか?
援助者の視点

以前お風呂のとき、「私は家族とうまく付き合えなかった。」と述べたことがある。家族との関係など、スタッフには話したくないことがあるのではないかと思う。
アプローチとしては、スタッフから家族へコミュニケーションを取るように働きかける。

E 事例に書いた課題を本人の視点に置き換えて考えてみよう

ここで、この事例を本人の立場から、もう一度考えてみましょう。

⑥ 本人の言葉や様子から、本人が困って(悩んで)いること、求めていることは、どんなことだと思いますか?

・自分で思うように歩きたい。
・どんなことも制止されるので、諦め、言っても仕方がないと思っているのでは?
・言うのが面倒くさい。言うより自分でしたほうが早い。
・同じように歩行器を使用しているBさんは、スタッフにそばにつかれないのに、どうして私ばかり待たされたり、後回しにされたりすることがあり、毎回そばにつかれるのか、分からない。
・なぜ、少しでも鈴の音やブレーキを外す音が聞こえたら「Aさんー!」と言われ、一斉に視線を浴びせられるのか。私、何か悪いことでもしたの?

ひもとき?
思考展開シートでの質問事項を踏まえて、新たな気づきがあれば、書いてください。
援助者の視点

スタッフに言えないことでストレスを感じているのではないか。ホームのこと、スタッフのこと(愚痴)を誰かに聞いてもらいたいと思っているかもしれない。
家族に愚痴などを言っているか、後からそれとなく家族にたずねてみる。

F 課題解決に向けた 新たなアイディア

⑦ あなたが、このワークシートを通じて思いついたケアプランなど、新しいアイディアを考えてみましょう。

・本人の思いを引き出し、言葉を口にしてもらうために、家族との会話のなかで聞いてみる。ゆったりとした空間(居室、リビングで2人きり、夕食から寝るまでの時間など)で日常会話を意図的にしてみる。
・誰よりも先に、一番に声を掛ける。介助する。(やってみてどうかを探る)
・声を出せる、カラオケなどに出かけてみる。(以前行ったカラオケでは、笑顔で歌いマイクを離さなかったと聞いている)
・1日の流れの中で、よく話をする時間帯は、夕食後~就寝までの間なので、夜勤のとき、少しの時間を作ってAさんとの距離が縮められればよいと思う。
・計算問題なども早く解答し、拒否などはないため、(Aさんにとって良いのか悪いのか分からないが)やってみる。
・なるべく(できれば必ず)腰を降ろし、目線を同じにして会話する。(最近ついつい、強い口調で話しかける機会が多い)
・息子や娘から聞いたAさんの様子、生活パターンなどを皆のいる時に話してもらえると良いのではないか。少しAさんの見方が変わり違った対応ができるかもしれない。
・介護者を少し「恐ろしい」と感じているのではないか。だから、口を開かないように思うので、マメに少しずつ会話(個室での)を増やしていくようにしたらどうか。
・家族の話や、身近な話、興味のありそうな話を1つひとつきっかけとし、その後ゆっくりと心理を探る話を持ちかけていく。
・夕食後など、Aさんが他の入居者と会話している際に、自分も一緒になって会話に参加してみる。なにか、本音が聞けるかもしれない。
・1つのテーブルでみんなが会話しているときは、なるべくその輪の中に入ってもらう。
・声掛けを多くするように心がける。
・原因の1つと考えられるかもしれない身体的要因の有無を知るためにも、泌尿器科と精神科を受診する。

ひもとき?
思考展開シートでの質問事項を踏まえて、新たな気づきがあれば、書いてください。
援助者の視点

・Aさんの行動、様子をよく見て、行動をよく知る。
・スタッフによっては、転んで怪我をしたらどうしようというマイナス面しかイメージができず、先に手を出し過ぎている。かえって、何が危険なのかが分からない状況になっている。スタッフ一人ひとりが「ゆとり」を持つよう心がける。
・Aさんが立ち上がるときには強い意思を持っており、上肢の力はあるので、テーブルなどにしっかりつかまって立とうとしている。従って、立ち上がったからといってすぐに対応しなくても、どうしたいのか少しそばで見ていても良いのではないか。
・Aさんの行動にスタッフが合わせていくことが必要である。
・介助方法として、これまでズボンの後ろ側のゴムを引き上げる行為をしていた。しかし、膝折れなどの危険回避ができる介助方法ではないことが分かったので、腰骨に軽く手を添える方法で、バランスを崩したときにも対応ができるようにする。
・スタッフ同士、同じ方法で対応を行っていく。
・うまくできず、スタッフ自身がストレスを感じるようであれば、他のスタッフに声を掛け、交代して対応していく。。

ひもときアドバイス

 当初は介護者の助言を聞き入れず、転倒の危険も高いがゆえに目が離せずに、大変だと捉えていた事例でした。しかし、ひもときシートを活用し、対象者の言動の背景要因を丁寧に分析していくことによって、「○○かもしれない」「△△の可能性はないだろうか」と推論を行い、その推論に基づいて、ケアを試行していく中で、対象者自身が徐々に穏やかになっていったとのことです。
 対象者自身の思いや理由に基づいたケアの提供がなされただけでなく、背景要因を分析する際に、まずしっかりと対象者と向き合うことを大切にし、対象者の思いを知ろうとした介護者の姿勢自体も、その後の対象者の言動に影響を与えたと思われます。
 事例提供者は、今回ひもときシートを活用するに際して、事業所スタッフと共に行いました。それぞれがシートを記載し、ミーティングで突き合せ、話し合いを行いながら進めていったそうです。このような方法は事例における課題を多角的に分析し、支援の方法を検討できるだけでなく、スタッフそれぞれの視点の拡大にもつながっていくものと思われます。

前のページへ戻る
事例一覧へ戻る