① 事例にあげた課題に対して、あなた自身が困っていること、負担に感じていること等を具体的にみていきましょう。
Aさんの睡眠時間が2~3時間と非常に短く、夜中、他の入居者が眠っている時間帯から大きな声を出し、他の入居者の睡眠を妨げてしまう。職員の声掛けに応じてくれる時は良いが、本人の興奮状態がひどい時は、収まるまで待つしかない。
約2ヵ月間、骨折で入院していました。入院中より睡眠導入剤を服用しています。退院後の現在も服用を続けているため、現在は20:30~7:30頃まで眠っています。現在は、夜間のトイレ後もよく眠っています。以前は20:30~23:00まで眠り、一度トイレに起きるとそのまま覚醒していました。(日によって20:30~1:00まで眠っていることもありました)
入院前・退院後も、Aさんは自分でいろいろなことができなくなってきたことを不安に思っているような発言が多く、「どうしたらよいのか教えて欲しい」といったことを伝えようとしています。
片耳が難聴のため、もう片方の耳から話すよう統一はしています。職員の声掛けをする位置(本人の耳から職員の口元までの距離)や、声の大きさ、テンポは各職員によってバラバラです。また、Aさんからの訴えがある時にすぐ対応する職員もいれば、時間を空けて対応する職員もおり、対応の方法は統一されていません。
幻覚に対して怒りだすことがあり、その怒りの矛先が他の入居者へと向けられ、トラブルとなってしまうことがある。また、難聴のため声が大きく、本人が幻覚に対して話をしていても、他の入居者が自分に言っていると思い、周りの人もストレスを抱えている。
始めは穏やかな口調で笑いながら、「はい!はい!」と幻覚との会話を楽しんでいる様子がうかがえます。時間が経つと幻覚との会話がかみ合わなくなってくるのか、自分の思っている答えが返ってこないと、きつい口調に変わっていきます。その後、幻覚と喧嘩になってしまい、さらに激しい口調となり、最終的には「もういいわ!」と一方的に幻覚との会話を終えてしまいます。その後も怒りが収まらない様子で、今度は現実の世界(職員・他の入居者)に対し、自分の怒りをぶつけているような様子が見受けられます。
入院前は、他の入居者の顔の前で手をたたき(実際には当たっていない)、「お前だろう!」と言ったり、机をたたいたりしていました。退院後の現在は、幻覚や他の入居者に怒りの矛先が向くことが見られなくなりました。職員に対する依存心が強くなり、自分ではどうしたらよいか分からない時に助けてくれる人を探したり、誰も助けてくれる人がいないと分かると、不安・焦りから大きな声を出し、職員を探している様子が見られます。
② あなたは、この方にどんな「姿」や「状態」になって欲しいのですか。
・毎日を穏やかに過ごして欲しい。
・他の入居者から「あの人嫌い」など、煙たい存在となってしまっているため、他の入居者との関係を改善していきたい。
入院前は、疎外感を受けずに他の入居者と仲良く生活したいのではないかと考えましたが、退院後はAさんの体力の低下が著しく、離床している時間が本人にとって苦痛となっており、臥床している時間が多くなっています。
職員に対しては、自分に優しいかどうかの判断はしている様子です。Aさんの訴えをすぐに聞き対応する職員と、そうでない職員とでは、Aさんの興奮の度合いが違っているという感じを受けます。
③ そのために、当面どんな取り組みをしたいと考えていますか(考えましたか)。
・簡単な仕事を手伝ってもらう。
・施設近隣へ散歩に行く。
・花・植物への水やりを一緒に行う。
・その他、Aさんの気分転換になることを探して行っていく。
上記の4つの項目を実践しました。
・簡単な仕事として、おしぼり巻きをやってもらっていますが、Aさんの集中力が持続せず、途中からおしぼりの巻き方が雑になってしまいます。しかし、仕事を与えられているという責任感が見られ、雑にはなってきますが最後までやり通してくれます。おしぼり巻きが終わり、一息つくと不穏・興奮が見られ、別の手伝いを依頼しても、「そんなのやったことない。分からない。」と怒ることが多いです。
・散歩・水やりについては、Aさんの精神状態が安定しているときはとても良い気分転換となりましたが、風が少しでも吹いていると、「寒い、もう帰る。」と言います。興奮状態が続き、少し落ち着いた頃に気分転換を図ろうと1歩外に出るだけで、「どこに連れて行く気だ!?」と気分転換どころか、不穏を増長させてしまう結果となってしまいました。
・その他にAさんの気分転換になることを探してみました。その結果が、会話と絵本(本)の朗読です。Aさんとゆっくり話すと会話が成り立ち、穏やかに過ごすことができました。絵本(本)の朗読では、話を聞き、絵を見て、「わーすごい。」「かわいそうなことをするね。」「そうですか。」など、たくさんの反応が返ってきました。
・退院後は、日中臥床していることも多くなり、会話や絵本(本)の朗読のみを続けていますが、入院前と同じように反応してくれていますので、このことがAさんにとって良い時間となっていると思っています。
④ 困っている場面で、本人が口にする言葉、表情やしぐさ等を含めた行動や様子等を事実に基づいてみていきましょう。
「物盗られ妄想」が現れる場面で困っている。
とても険しい表情で、「お前が持っていったのか!」「警察を呼ぶぞ!」といった言葉を言うと同時に、身振り手振りで表現する。だんだんと声も大きくなり、独語の内容もエスカレートしてしまう。職員が声を掛けると、職員の手を振り払ったり、「もういい!」と言ったりして席を立ち、フロアー内を歩き始める。しばらく歩き回った後には、「もう帰らせて欲しい。」「こんな所にはいたくない!」「お兄ちゃんはいつ迎えに来てくれるの?」と寂しそうな表情で話をする。その後は職員の後を付いて歩く。
財布などの金品です。
金銭面は施設の相談員が行っており、衣類などは居室にあるたんすにて管理をしています。
Aさんに、「どうしたの?」とたずね、Aさんの話を聞いたり、ある程度会話が成立してきた時に、不安を和らげるような返答をしたりしています。職員の対応としては、Aさんの耳元でゆっくり大きな声で話をするとだんだんと穏やかになるため、職員はAさんが落ち着いたと思い、席を離れて他の仕事をしています。少し時間が経つと不穏になってしまいます。耳が聞こえる人と同じように対応すると、Aさんには職員の言葉が聞こえず、職員の手を振り払ったりし、かえって興奮・不穏をあおってしまっています。
家族に聞いたところ、以前入居していた施設でよくしてくれた男性の職員のことではないか、もしくはAさんの実の兄ではないかとのことでした。
Aさんが不安な気持ちの時に職員の後を付いて来るので、「一緒にいて安心できる人かどうか」、「この人ならどうしたらいいのかを教えてくれるのではないか」を、Aさんが判断しているのではないかと思います。
⑤ 本人にとっての行動や言葉の意味を理解するために、思考展開シートを使って、課題の背景や原因を考えてみましょう。
・認知症によるコミュニケーション能力の低下、見当識の混乱。
・難聴により、周囲の音が雑音と感じることへのストレス。
・寂しがり屋な性格。
・女手1つで2人の子どもを育て、経済的に苦しい時期を乗り越えてきた。
・働くことが生きがいのひとつだが、施設内の生活では限りがある。
ここで、この事例を本人の立場から、もう一度考えてみましょう。
⑥ 本人の言葉や様子から、本人が困って(悩んで)いること、求めていることは、どんなことだと思いますか?
・自分が仕事を頑張らないと子どもを養うことができない。
・誰かが自分の稼ぎを横取りしようとしている。
・こんな所で働きたくない。
・家に帰りたい。
・自分がどこにいるのか分からない。
・帰り道が分からない。
・誰ひとり知っている人がいない。
⑦ あなたが、このワークシートを通じて思いついたケアプランなど、新しいアイディアを考えてみましょう。
・手軽にできるような軽作業を行い、役割のある生活を送ってもらう。
・花や野菜をプランターで育てる。
・できるだけ静かな環境を作る。
・レクリエーションとしての料理活動などの頻度を多くし、家庭的な雰囲気を得る。
・散歩へ出掛ける。
当初は、他の入居者と楽しく仲良く生活して欲しいと思っていましたが、本人の意思ではなく介護者側の押し付けになっていたように思います。思考展開を行うことで、Aさんの生活歴や内面の世界を少しでも知ることができ、「なぜこんなことを言うのだろう」「なぜこんなことをするのだろう」と疑問に思っていた発言や行動の理由を考えることができました。今回、事例検討を行う中で、その人らしい生活を送ってもらうために大切なことを学ぶことができました。今後も介護をしていく上で、大切にしていきたいです。
突然大声で怒鳴りだし他の利用者とトラブルを起こしてしまうAさんに、穏やかに過ごしてもらいたいとの思いから事例検討に取り組みました。
当初は、対応のタイミングに問題があるのではと考え、ケアを検討していましたが、マンパワーに限りがある現場では、そのような解決策には限界があると困惑をしていました。またAさんは、他の利用者と仲良く生活したいと思っているのではないかと捉えていました。しかし、事例展開をしていく中で、本人の語りや言動の背景にある喪失体験や、状況判断ができなくなったことへの不安、コミュニケーション能力の低下、見当識障害による混乱に気づいていきました。そして、役割の獲得、不安やストレスの軽減をねらいとして、Aさんができる活動や自己実現につながる役割や落ち着ける環境を多角的に模索していきました。加えて、提供したケアを本人の視点で評価していることを読み取ることができました。その結果、絵本を朗読する場面が職員とのコミュニケーションを深め、Aさんの新たな力を発見しました。そして、入居者と楽しく仲良く生活して欲しいとの思いは、本人の意思ではなく介護者側の押し付けになっていたと振り返っていきました。
日々忙しく時間に追われながら働いているケアの現場では、目の前にある職員が捉えた課題を、介護者側の視点で解決しようと焦ります。しかし、そのような方法では本来の課題を解決したことにはならず、「その場しのぎのケア」になりかねません。介護者側の思いを押し付けず、本人の生活歴や内面の世界を理解して、認知症の人と向き合いながらケアを組み立てていく認知症ケアの基本を再認識させてくれる貴重な事例でした。