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事例ワークシート 事例58

A 課題の整理Ⅰ 援助者が感じている課題

① 事例にあげた課題に対して、あなた自身が困っていること、負担に感じていること等を具体的にみていきましょう。

季節の変わり目に体調を崩しやすい。臥床時、布団の調節(厚さ)が難しい。汗をかいているのでは?夜間の咳、風邪をひいたのではないか(自分のケアが的確でなく体調を悪くしてしまったのではないか)と心配している。

ひもとき?
レビー小体型認知症の高齢者であり、季節変動や自律神経の変調には極めて反応しやすい体調だと思います。発汗調整も自律神経が深くかかわっていると思われます。加えて60歳代にパーキンソン症候群もあった人ですから、細やかな医療との連携が求められる事例だと思います。医療機関からの体調管理に対する診察、指示はどの程度の頻度で受けていますか?
援助者の視点

月1回の内科医の往診があり、看護師が立ち会って指示を受け、職員に伝えています。毎日の水分量・排泄・食事量の記録をもとに体温の変化を医師に伝えるのですが、聴診器を使用後、顔色などの様子をみて、経過をみましょうという数分の診察です。Aさんの場合は38度以上の発熱があると、看護師が緊急の往診を依頼することになっています。

B 課題の整理 Ⅱ 援助者が想定する対応・方針

② あなたは、この方に「どんな姿」や「状態」になってほしいのですか。

質のよい睡眠を得て、すっきり朝を迎える。

ひもとき?
誤嚥が繰り返されると夜間の熟睡ができませんので、昼間の意識混濁~せん妄にもつながりやすいと考えられます。ケア以外に医療として睡眠を改善するアドバイスを受けたことがありますか?
援助者の視点

この1年程は精神科医の診察は受けていません。グループホームに入居して1年半後(約5年前)ごろに、まだアルツハイマー病という診断名でしたが、激しい妄想と幻聴が続き、他入居者への攻撃もありました。何とか穏やかになってもらえないかと精神科受診を家族に勧めて、向精神薬の処方が出されました。ところがもっと激しい症状になり、興奮やもうろうとした状態で一晩中眠らないことが多くなり、受診を中止せざるを得ませんでした。私たちも辛くて、側にいることが怖い程の日々でしたが、帯状疱疹、子宮脱による排便時の苦痛、それに続き脳梗塞などがおきました。そのたびに入院を家族に勧めましたが、入院を断り、グループホームを頼りにする家族の必死な思いを断ることが私たちにはできませんでした。さらにその2年半後(約3年前)に、わずかな望みを託して受診した精神科医師により、レビー小体病の診断がつきました。これまでの服薬を中止して、現在の処方薬に替わると少しずつよい表情が増えて、妄想と幻聴、独語や攻撃はあるけれどその場面は限られて、穏やかな笑顔と睡眠が取れるようになり、私たちにもケアの糸口が見つかったような気がしました。その精神科医を受診しているときには医師を蹴飛ばしたり、「ばかばか」と口走るので、家族は「申し訳ない。」と言いながら、同時に深く感謝しています。Aさんが亡くなった後には「医学の向上のために献体したい」と、家族が申し出るほどです。約1年間は通院して受診していましたが、その後は地域の医師に任せるということになり、現在は提携する内科医師が診ています。

③ そのために、当面どんな取り組みをしたいと考えていますか(考えましたか)。

布団の調節(首元は冷やさないように)バスタオル、ひざ掛けなどを使用して布団の上から冷たくなっているところに掛ける物を調節する。居室内の温度、湿度の調節。発汗時の更衣、まめな水分補給(日中も)。

ひもとき?
この状態像のAさんの(環境面からの)体温調節はとても細やかにしなければならないと思いますが、そのためにあなたが過重な負担感を感じることがありますか?
援助者の視点

寝ているときの掛ける物の調節がとても難しいです。夜間の巡回時、布団から手を出して、首や胸もとを覆うものが何もないとき、また体を丸めて横になっていることがあります。夜間、寝ているようでも小さな独語が続くことがあるので、せっかく眠れているときに掛ける物を直すと眠りを中断させてしまう恐れがあると思い、自分でも神経質なくらいに様子を見に行き、調節したりしています。Aさんが「ちょうどよい」と言うことがないので責任を感じてしまいます。

C 本人の状態や状況を事実に基づいて確認してみよう

④ 困っている場面で、本人が口にする言葉、表情やしぐさ等を含めた行動や様子等を事実に基づいてみていきましょう。

・「あー嫌、嫌!」布団のこもり熱で寝苦しそうな表情、または眠りが浅くて眠いのに眠れないとき?に言う。
・「あーうるさい!」体位を変えようと側臥位にすると身体を丸めて言う。
・「暑い!」赤い顔をして顔に発汗しているとき、暑い?と聞くこともある。「何するの!」「嫌ーだよ」「ありがとう」布団を掛け直すときに言うこともある。「あらら、でんでんでん」などとふざけた調子で言うこともある。

ひもとき?
最近のN式検査は0点でしたね。理解ができていないだけでなく、言葉による意思表示もできなくなっているかもしれません。Aさんが発する言葉は時として、「口ぐせ」あるいは同じようにいつも発する言葉だけれど、実は意味なく繰り返しているものだと思うことがありますか?
援助者の視点

最近は言葉による意思表示が難しくなり、「ダンダンダーン」など、意味不明な言葉を繰り返して言い続けることが多いです。不快、痛み、苦しみなどの意思表示は適切な言葉でなくても少しは意味が通じていると思います。

D 課題の背景や原因等の整理

⑤ 本人にとっての行動や言葉の意味を理解するために、思考展開シートを使って、課題の背景や原因を考えてみましょう。

思考展開シート

・本人は嫌なこと、不快なことが言葉に出せない。
・排泄、水分補給と食べるときは「出て行け!」「バカヤロー!」「嫌ーだよ」
・自分が今どこにいるのか、ここにいてよいのか、の不安があるときは、「ここにいていいの?」「どこですか?「どこか行くの?」と言う。
・一人では寂しい気持ちがあるときは、「お願いします」「どうするの?」「かあちゃん~」「Bちゃ~ん(長女の名)」「Cちゃ~ん(次女の名)」

ひもとき?
Aさんが上に書いたようなことに関して能力を失っていることは、スタッフ共通の理解になっていますか?
援助者の視点

共通理解になっていると思います。朝夕の申し送りのときや月1回のミーティングで確認して、少しでもAさんの気持ちを理解してみんなが介助しています。帰りたい先がふるさとであり、一緒にいたい人は娘たちであると理解しています。

E 事例に書いた課題を本人の視点に置き換えて考えてみよう

ここで、この事例を本人の立場から、もう一度考えてみましょう。

⑥ 本人の言葉や様子から、本人が困って(悩んで)いること、求めていることは、どんなことだと思いますか?

本人は布団の中のこもり熱で暑いため、布団から腕や首元を出してしまう。布団から出すことはできるが掛けることができず、汗の冷気で寒いことがある。朝までぐっすり眠りたい。

ひもとき?
このようなきめ細やかな対応をする際に、誰か1人で担当するのは大変だと思います。スタッフの皆で役割分担、手分けをしていますか?
援助者の視点

特別な分担はありません。夜間は1人、日勤は3人の職員が、移動や入浴は2人介助で行いますが、交代でやっています。摂取量とバイタルサインの24時間記録がいつでも見られるようになっていて、空欄であればまだ実施していないことを把握して、時間がある人が介助します。一日の合計は夜勤の職員が集計しています。摘便や座薬は昼食後に看護師が行っています。

F 課題解決に向けた 新たなアイディア

⑦ あなたが、このワークシートを通じて思いついたケアプランなど、新しいアイディアを考えてみましょう。

・安心して眠ることができ、食事、水分、排泄がスムーズに整う。
・季節の変わり目には特に気をつけて風邪をひかないように注意深くケアする。
・水分が少ないときに発汗することがあるので、今までどおり水分チェック表で一日のトータル達成を目指す。
・臥床時間が長いため、楽しみが少ない。Aさんの好みの音楽(童謡)を流す。本人の気分がよいときは口ずさんで手でリズムを取ることができる。
・臥床しているときでも様子を見に行き、水分補給や話しかけてコミュニケーションを取り、笑顔や本人の言葉をもっと引き出すようにする。

ひもとき?
とても親思いの家族を持っているようですが、家族はAさんのケアが極めて難しくなっていることを理解していますか。
家族からスタッフに協力を申し出てくれることはありますか?
援助者の視点

週1回(木曜日)の昼食を一緒にしながら、食事介助をしてくれます。今は口の開きが悪く、時間が長くかかって大変だということを理解してくれています。嚥下機能が低下していて、よく煮込んである自然なトロミ以外はAさんが受け付けないことや、人肌の温度でないと怒ることを家族も理解しています。
子宮脱のため6ヵ月に1度の通院を家族がしてくれています。治療はAさんにとって大きな苦痛で激しく抵抗すると聞いています。いくらかでもやわらげるために、長女とその夫が車椅子対応の車を用意して通院しています。
いろいろな理由で個別のケアばかりになっていることをいつも感謝してくれて、負い目にも感じているような気がします。もう、グループホームにいられる状態ではないから自宅へ連れて帰りたいところだが、長女とその夫が身体的に介護負担に耐えられないということを話していたことがありました。

ひもときアドバイス

 80歳代後半の高齢で、レビー小体型認知症です。薬の影響が極めて出やすいためになかなか薬物療法ができないことに加えて、自律神経の不安定さが表面化しやすい認知症であるが故に、ケアの負担が大きくなる事例です。そのことを思えば、よくぞここまできめ細やかに本人の体調変化に対応したケアができています。まず何をおいてもこのことを高く評価させていただきます。
 脳底部に及ぶ脳変化が推察され、嚥下反射も弱くなっているために誤嚥があることと思われます。おそらくは脳の変化から「せん妄」に近い状態にもなりやすく、特に夜間にはごそごそして動き回り、掛け布団をはいでしまうことも頻回であると思われます。
 事例提供者からの回答を読み、助言者としてアドバイスするプロセスの中で「あること」に気がつきました。一般的な回答の場合には、医学的な面や薬に対する認識が乏しいこともありますが、そういう支援職には、(助言者が医師であるが故に)ほんの少し医学的な情報を伝えることで、その提供者の「新たな気づき」を引き出すようにしてきました。
 しかし本事例では介護職として医療や薬についてすでに配慮し対応されていると感じました。医師への依頼も適切になされており、薬についても理解ができています。これは極めて珍しいことであると同時に、それだけのことをしていてなお、このように状態像が変化しやすいレベルにまで到達した人をグループホームでみていることにほかなりません。
 おそらく職員はこの先、利用者を看取る覚悟をしているものと思われます。介護職と家族の交流もあり、信頼関係が成り立っているからこそ、このようなケアができるのでしょう。
 助言者から提供者への要望はただ1つです。
 それは今回の事例検討によって提供者が「自分のケアはこれだけできていれば十分である」と考えてくれることです。これほどケアが大変な状況にもかかわらず、提供者とグループホームの職員たちがよりよい介護を目指そうと日々努力している姿が目に浮かびます。
 このシートのやり取りによって、提供者が自分を再評価し、今のケアに自信を持てることこそ、ひもときシートの存在理由であると思います。

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