① 事例にあげた課題に対して、あなた自身が困っていること、負担に感じていること等を具体的にみていきましょう。
「何で私の家なのに、こんなにたくさん人がいるの?」と職員や他入居者に対して興奮して大声で怒ったり、「あんた誰に言って入ってきたの?」と他入居者に直接聞いたりするため、他の入居者の不穏にもつながり困っている。
半年程度です。
上記の発言は、居室で長く過ごした後の午後や、食堂にたくさん人がいる時、夕方から夜中にかけて息子が帰ってくるような時間になった時や、帰って来ないと心配している時です。
② あなたは、この方に「どんな姿」や「状態」になってほしいのですか。
穏やかに興奮せず、不安がなくゆっくり過ごしてもらいたい。
息子に会えず寂しい。家族に会えないため、家から追い出されてこんなところに入れられたと思っていると思います。
③ そのために、当面どんな取り組みをしたいと考えていますか(考えましたか)。
息子を頼りにしているため、「息子さんにあとで聞いてみましょうね。」と説明したり、「ゆっくり話を聞きますから。」と、Aさんを居室に誘って個別で話を聞き、徐々に他の話題(Aさんが誇りとしていることや満足するような話題)に転換していったりする対応をしている。また、日ごろから現在いるグループホームの住所や名前を理解してもらえるように、住所が書かれた紙を貼ったり、散歩から帰ったら、「○○(グループホームの名前)に帰って来たね。」など、さりげなくここがAさんの家ではないことを伝えたりして記憶の固定化を図っている。
④ 困っている場面で、本人が口にする言葉、表情やしぐさ等を含めた行動や様子等を事実に基づいてみていきましょう。
職員が、ここがAさんの家ではないことを説明しても、かえって興奮したり、「息子が帰ってきたら聞いてみるから。」と怒ったりしてしまうため距離を置くと、居室入口に座り込み廊下から険しい表情で様子をうかがっている。
言ったことを聞いてくれない、分かってもらえないという思いがあります。ばかにされたのではないかと思っています。
⑤ 本人にとっての行動や言葉の意味を理解するために、思考展開シートを使って、課題の背景や原因を考えてみましょう。
なじみの関係ができておらず、見慣れない人がいると不安になる。
なじみの関係ができている入居者はいますが、嫌な面もあり、Aさんの状態によってその入居者を頼ったり、文句を言ったり、近寄らなかったりと気持ちが変わるようです。職員や看護師に対して手をつないでくる時の方が多いのですが、興奮しだすとなじみの関係はなくなるように思えます。
・特に、見知らぬ男性を怖いと思っている。
・騒がしい音や光など、不快となる刺激から不安となる。
・息子に会えない寂しい気持ち。
入居当初は1ヵ月に1回のペースで面会があったのですが、最近では3、4ヵ月面会がありません。面会の後息子を玄関まで見送り、そのあとしばらくは積極的に仕事を手伝ってくれますが、面会のあった夕方はほとんど興奮し、息子が帰ってこないと落ち着かなくなります。
何でも自由にならないことが不満である。
険しい表情で食堂に座り過ごしたり、不満を感じると居室に戻り独語で文句を言ったりしていることが多いです。不機嫌になり他の人の言葉を受け入れにくくなります。
ここで、この事例を本人の立場から、もう一度考えてみましょう。
⑥ 本人の言葉や様子から、本人が困って(悩んで)いること、求めていることは、どんなことだと思いますか?
自分の家なのに見慣れない人がたくさんいて、怖いし不安である。ざわざわして騒がしいため静かな場所でゆっくりしたい。
⑦ あなたが、このワークシートを通じて思いついたケアプランなど、新しいアイディアを考えてみましょう。
・他入居者と日ごろから関わる機会を増やし、なじみの関係をつくる。
・来客などで騒がしい状況になる時は、静かな場所に誘導し、過ごしてもらう。
・満足感が持てるような会話をしたり、Aさんが楽しめることを支援したりする。
・夕方にかけて、心が落ち着けるように声のトーンを落としたり、光の調整など環境に気をつけたりする。
Aさんのことを職員が固定観念を持って見ていたような気がします。さまざまな視点からAさんにとってどうなのか、Aさんはどのように考えているのか、考えて取り組めるよい機会となりました。Aさんが穏やかに安心して暮らせるように支援していきたいと思っています。
何らかのきっかけで今いる場所を自分の家だと思い込み、他の利用者を大声で怒鳴る、怒鳴られた利用者は混乱や興奮状態を示す、という負の関係を解決したいとの思いから事例検討に取り組んでいきました。その結果、①固定観念を持ってAさんを見ていたことに気づいた、②Aさん自身が考えていることや感じていることを多角的視点で探索していくことの大切さを理解できた、との評価を得ました。
多くの利用者を介護する現場を見ると、「他の利用者に被害を波及させたくない」という職員の思いが優先され、その場しのぎのケアで解決を急ぐといった方策がとられがちです。しかしそのような職員の姿勢は、課題の本質を見失い、必死に伝えようとしている利用者の思いをひもとくことを阻みます。
利用者が示す言葉や行動などの事実情報を積み重ね、利用者を主語として問題の背景を探索し、ケアを練り上げていくことが必要なのでしょう。本事例の取り組みは、認知症ケアの基本を再認識させてくれました。